東京高等裁判所 昭和62年(ネ)95号 判決 1988年10月11日
控訴人
ジャパン興業株式会社
右代表者代表取締役
宗邦雄
右訴訟代理人弁護士
星運吉
被控訴人
国
右代表者法務大臣
林田悠紀夫
右指定代理人
藤宗和香
町田弘之
松本浩
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は、控訴人に対し、金二一八六万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年八月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じて五分し、その四を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金二五〇〇万円及びこれに対する昭和五七年八月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠関係は、原判決事実摘示(但し、原判決四枚目裏五行目の「登記申請書」の前に「本件土地の所有権移転の」を加え、同五枚目表一行目の「原告振出の額面金二〇八六万四〇〇〇円の小切手」を「本件小切手」と改め、同三行目の「本件土地の」の次に「前記吉原らとの」を加え、同六枚目裏末行の「事由」を「事項」と改め、同一二枚目裏四行目の「直ちに」の前に「川口出張所登記官は、」を加え、同一三枚目表五行目、同末行及び同裏六行目から七行目にかけての各「登記事件」を各「登記申請事件」と改める。)及び当審記録中の証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一当裁判所は、控訴人の請求は、主文第二項の限度で理由があって認容すべく、その余は棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり附加、訂正、削除するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 <省略>
2 同一七枚目表四行目の「などど」を「などと」と改め、同一〇行目の「原告は」を「控訴人において、代表者及び社員らが、その後、本件土地の現場を調査したうえ、」と改め、同裏八行目の「原告」の次に「の担当者」を加える。
3 同一八枚目表五行目の「売買契約書」の次に「(但し、第四条の削除及び第一四条の附加記載を除く。)」を加える。
4 同一九枚目表三行目の「石川」を「石川司法書士」と改め、同七行目の「補正日」の前に「同出張所登記官が同日申請の事件につき指定した」を加え、同裏七行目の「遅くとも」から同八行目の「決済された。」までを「同年六月一一日付の決済を経たが、同日午後四時頃までに控訴人が事故を知れば支払銀行に支払の停止を求めることによって、その現実の支払を止めることが可能であった。」と改める。
5 同二〇枚目表四行目の「受付箱」を「右受付箱」と改め、同五行目の「川口出張所登記官」から同八行目の「終了した。」までを「川口出張所は、同年六月一五日中、時間は確定し難いが、午後一時から同五時頃までには校合前の最終調査まで完了し(すなわち、受付番号を付する等の受付手続はもとより、申請書及び添付書類の範囲内で申請の適否を判断するいわゆる書類調査、その後書庫から登記簿その他必要帳簿を運搬車により搬出し、申請書及び添付書類とこれら登記簿その他の帳簿との照合をするいわゆる突合調査を経て、登記事項の登記簿への記入をも了した。)、校合は、右最終調査完了後から翌一六日の午後三時頃までに終えたが、その確定的時間は明らかでない。ちなみに、同月一五日申請の事件につき指定された補正日は同月一七日であった。」と改め、同九行目の「同日」を「同月一六日」と改め、同裏六行目の「川口出張所」の次に「長」を加える。
6 <省略>
7 同二二枚目裏二行目の「当たっていたこと」の次に「、登記官は、申請事件について調査が完了する見込の日の翌日を補正日として予告していたこと」を加え、同六行目の「調査」を「すべての調査を」と改め、同九行目の「調査すれば」を「すべての調査を終れば」と改め、同一〇行目の「調査すべき」を「すべての調査を完了しなければならない」と改める。
8 同二三枚目表三行目の「いわざるを得ず、」の次に「そうとすれば、調査までに若干の時間を要することは自明であるから、」を加え、同五行目の「調査」を「すべての調査」と改める。
9 同二四枚目表五行目の「明らかである」の次に「のみならず、中村が本件登記申請書類を右受付箱から抜き取ったのは、右現金及び本件小切手の交付がなされたときより前であったと認めるに足りる証拠はない」を加え、同裏二行目の「原告は、」の次に「少なくとも」を加え、同七行目の「一二日には決済された」を「一一日の午後四時頃までに控訴人が事故を知れば、その現実の支払いを免れえたであろう」と改める。
10 同二五枚目表二行目の「しかしながら」から同六行目の「いえない。」までを削り、同七行目の「もっとも」を「ところで」と改め、同一〇行目の「翌一六日に」を削り、同裏七行目の「六月一一日中には調査」を「特段の事情のない限り、六月一〇日中遅くとも翌一一日の午前中には突合調査の終了」と改め、同八行目の「外観」の次に「(本件登記済証に押捺されていた登記済印及び庁印が、真正な登記済印及び庁印とは形状や大きさが異なっていたことは当事者間に争いがないところ、その相異が通常の注意力を以てすれば、たやすく感得しうることは、<証拠>におけるそれぞれの比較、<証拠>におけるそれぞれの比較において明らかであるといわなければならない。ちなみに、印鑑登録証明書に至っては、<証拠>と<証拠>との比較においてその相違は顕著である。」を加え、同行の「照らすならば、」の次に「右突合調査の段階で」を加え、同一〇行目の「推測され」から同二六枚目表二行目の「困難である。」までを「推認され、この推認を動かす特段の証拠はない。」と改める。
11 同二六枚目表三行目の「のみならず」から同裏五行目の「いえない。」までを次のとおり改める。
「そうとすれば、不動産登記事務取扱手続準則第五四条第二項の趣旨、及び<証拠>によって認められる却下事由ある場合の事前取下勧告の慣行並びに後記のような善良な取引当事者の損害を未然に防止すべき必要等に徴して認められる条理上の義務として、川口出張所登記官は、直ちに理由を本件申請人である控訴人ないしその代理人に告げて、その申請の取下げの機会を与えるべきであったのである。そして、右取下げの勧告のための告知がなされていれば、控訴人は、本件小切手の現実の支払いを停止し、損害を未然に妨げたことも右にみた時間的経緯からして明らかといわなければならない。換言すれば、これをなしえなかったのは、本件登記申請書類の抜取りを許した保管責任上の過失に由来するもので、右損害との間に相当な因果関係のあることは否定しえないところである。
この点につき、被控訴人は、刑事訴訟法第二三九条第二項の告発義務との関係上、申請人に対し直ちに偽造文書の存在を告げることは、証拠保全上その他の点から不可であり、右告発義務に反すると主張する。しかしながら、たとい申請文書のなかに偽造文書が含まれている場合であっても、直ちに申請人に嫌疑をかけるのは軽率極まりない振舞であって(司法書士が申請代理人である場合においてはとくに然りというべきであろう。)、むしろ、民事上の取引に基因する登記申請にあっては、通常対立する当事者の少なくとも一方は被害者たるべきなのであるから、この者の保護を一切眼中におくことなく、前記準則及び慣行があるにもかかわらず、ひたすら刑事上の告発義務の十全な履行を優先させて、その結果罪なき取引当事者の一方に不測の損害を招来させてもやむをえないというのは、どうみても片手落の論理ないし態度といわなければならない。被控訴人としては、これらの義務が両立するような方策をこそ採るべきであり、それは不可能ではないと思料される。」
12 同二六枚目裏五行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「三 控訴人が被控訴人の公権力の行使にあたる公務員である登記官の職務を行うについての前記過失によって本件小切手金相当の金二〇八六万四〇〇〇円の損害を受けたことは、前記のとおりであり、また、控訴人が本件控訴の追行のために、弁護士費用として、着手金一〇〇万円を支払い、成功報酬金一五〇万円の支払約束をしたことは、弁論の全趣旨によって認められるが、本訴追行の難易、その他本訴にあらわれた諸般の事情を総合すると、本訴にかかる弁護士費用としての損害は金一〇〇万円をもって相当とする。
してみれば、控訴人の本訴請求は、右合計金二一八六万四〇〇〇円の損害賠償金及びこれに対する本件不法行為後の日である昭和五七年八月六日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべきである。」
二よって、これと異なる原判決は右の限度において変更することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官髙野耕一 裁判官川波利明 裁判官米里秀也)